高校生で起立性調節障害を発症した娘と家族のあゆみ

高校生で起立性調節障害を発症した娘と家族の記録

友人の起立性調節障害の娘さんのこと

 子供たちが小学生の頃、登校班にいたアメリカ人の女の子キャサリン。みゆきが小学1年生、キャサリンが4年生の時に出会った。彼女は一年前にイタリアから越してきて、まだ日本語が苦手な時期。みゆきは3歳から英語教室に通っていたので、ごく自然に英語と日本語を使って友達になった。いつからか宿題が大変だという彼女を我家に誘って、放課後の時間は我家で過ごすことが常となった。みゆきの2歳年下の弟は、ボシーな姉と違って、とても優しくアクティブなキャサリンが大好きだった。キャサリンは小学校を卒業する直前にアメリカに帰国してしまったが、14歳になってからは、夏休みには一人で我家に帰省するのがお決まりだった。さすがに大学を卒業してからは、忙しくなかなか来日できなくなってしまったが、大人の兄弟姉妹のような頻度で連絡は取りあっているようだ。

 前置きが長くなってしまったが、その私たちにとっては家族同然のキャサリンが6年生の時に、お小遣い稼ぎにベビーシッターをしていた女の子の話。キャサリンと同じマンションに住んでいた、イギリス人とアメリカ人のご両親を持つ女の子。日本生まれの日本育ち。おうちではご両親とは英語で話していたようだが、勿論外では日本語。そんな彼女とそのお母さんとも私たちは親しくしていた。残念なことにその女の子とみゆきたちは年齢差が大きすぎて、キャサリンのように家族のような絆を作ることはできず、年々疎遠になっていた。

 その女の子の話。見た目は美しい金髪の天然ソバージュヘアーに奇麗なグリーンの瞳の彼女。明るくひょうきんな性格で小さい頃からとても可愛かった。しかし、美しい異国人の外見と日本語とのギャップもあり、幼稚園時代から試練の連続。学校にも友人にも馴染めず、自分自身のアイデンティティ形成に苦戦して、小学校高学年になって、起立性調節障害を発症した。高齢でやっと子宝に恵まれた彼女のご両親の心痛は計り知れない。なんとか不登校にならず、いろいろと学校を変えながら、高校3年生までこぎつけた彼女が、最近パニック障害と拒食症に悩んでいると聞いた。

 その彼女のお母様から、「子供が不調の時の不安や悲しみ、どうやって処理してたの?」とのメール。薄れかけていた当時の苦痛が一気に戻ってきた。どう返事をしたらいいのだろう。どうしたら、彼女の苦痛を和らげてあげられるだろう。