高校生で起立性調節障害を発症した娘と家族のあゆみ

高校生で起立性調節障害を発症した娘と家族の記録

また猛暑の季節

 梅雨が明けて急激に暑くなった。毎年義父母の暑さ対策には苦心してきたが、ここのところ朝一義両親を訪ねると必ず既に冷房が入っておりホッとする。ここのところ義母が忘れがちになっていた白湯作りも、どうやら義父が率先してやっている様子。朝ボトルに白湯を沢山作っておいて一日をかけてしっかり水分補給する習慣もしっかり身についているようだ。

 暑さに合わせて着るものも調節で来ている。ただ、義母はお出掛けの時には長袖を着たがる。デイに行くとき。施設はエアコンが入っているから問題ないだろうとは思うが、義母の持っている長袖は化繊の物が多いのが気にかかる。見た目は薄くて涼し気だが風を通さず、汗も乾きにくいので暑いはずだ。麻や木綿の長袖だったら涼しかろうと思う。勝手に涼しげなものを私が買って来て、涼しそうだから良かったら着てください、と渡せば良いのだろうが、目の調子が回復せず夫にドライバーをしてもらっている日常では気軽にそういうことができない(苦笑)

 それともう一つ、重大な心配事。朝から冷房をしっかり使っているので暑さや寒さに対する感覚は義父母ともなまっていないはずなのに、二人の寝具が真冬使用なのがものすごく気になる。義母の部屋には入りやすいので、勝手に時々見回りして厚い布団を使っていたら、薄い夏物に取り換えているが(笑)問題は義父の寝具。厚い布団に厚い毛布まで使っている(泣)これでは冷房を強くかけたとしても暑いはず。たまらず夫に現状を見せて「夏の布団に変えてあげよう」と声を掛けたが夫は「お父さん、夏の布団に変えようか?」と聞きはしたが、「結構」と言われ、引き下がった。父の意見を尊重するのも大事なことかもしれないが、いや、熱中症から守ってあげる方が重要なのでは⁈こんなに熱帯夜が続いても倒れない義父の体力も我慢強さもすごい。すごいとは思うが、ものすごく危険だ。

クラフトバンドの籠第1号

  母が通販のクラフトバンドのかご作りを始めてから1週間が経った。何日かかかって仕上げたかはあえて聞かない。きっとあっという間に仕上げたに違いない。でも明らかにとっても楽しんだ様子だ。出来上がっていることを予想して、今日はサクランボを差し入れに買って行ったら、大喜び。手のひらに収まるサイズの母の作った籠に入れると、とても映えて美しかった。「きれいだから、食べずにずっと飾っておきたい」と言いながら、そもそも食いしん坊の母。食べずに我慢ができるはずもない。飾っておきたいと言ったその舌の根も乾かぬうちにムシャムシャとおいしそうに食べ始めた(笑)母のご機嫌が良いことが本当に嬉しい。はやく来月号のキットが届きますように。次回は少し籠のサイズが大きくなる予定。もう少し時間が稼げるに違いない。

みゆきのツボ

 手芸の通販キットを使い始めた母を見ながら思い出したことがある。みゆきも小さい頃から手作業、モノづくりが好きだ。3歳くらいの時にはお絵描きに加えて、色紙をパッチワークのように延々と繋いでいくのが大好きだった。周りが見えなくなって作業に没入する。折り紙も楽しんだが、立体にするより色々な色をつないで展開して大きな平面にするのが得意だった。旅行にも色紙は必需品で、ホテル時間は延々と色紙をつないだ(笑)その後ハマったのがアイロンピーズ。熱で接着できる穴の開いた小さな筒状のカラフルなビーズを専用の小さな突起のあるプレート上に並べて図案を作り、作品にするというもの。父親がオフィスで使うマグカップ用のコースターやペンダントトップのようなものをオリジナルにデザインして量産した。私の母が得意なのは、制作の道筋が決まっていて完成品がイメージできるもの。それに対して、みゆきが好んで作るのは独創的な物。自分で完成品をデザインして作るオリジナルな作品だったような気がする。レシピ通りではなく自分でデザインするのが好みだからこそ彼女が仕事として選んだのは写真の世界だったのかもしれない。

 彼女が幼稚園生だった頃、彼女の中でアイロンビーズ熱が最高潮。大きな空のお菓子缶いっぱいにビーズを入れて、登園の直前まで作業に熱中していた。彼女が登園を渋ったという記憶はほぼない。しかし、登園の直前まで作業をしていて、私が登園の支度をせかしたせいだったのか、何千個も入ったビーズの缶を床にぶちまけるというアクシデントがあった。彼女の宝物のビーズだったので、「私があなたを幼稚園に送って行った後で拾っておくね」と言ったのを彼女は固辞した。自分で拾う、と。大急ぎで床中に広がった小さなビーズを二人で拾い終わったと思ってホッとした瞬間に彼女が涙目で言った一言が今も忘れられない。「2個足りない」(笑)何千個の中の2個。後で掃除をしながら彼女が断言した通り2個のビーズが出て来て鳥肌が立った。今思い返してもあの出来事には肌が粟立つ。単なる偶然なのかもしれない。いやきっとそうだ。しかし、そんな神秘的なことが彼女には何度か起こる。だからこそ、彼女が高校時代起立性調節障害で日々苦しむ中でも、私は心の奥底で彼女の奇跡の復調を信じられたのかもしれない。

 アイロンビーズの奇跡を思い出したら、どうしてもあのチマチマした作業がやってみたくなって抗えなくなった。おもちゃ屋に走り、買ってきた。当時彼女が持っていた数には程遠い、とても小さなセットだが。懐かしさに心が震える。手にしてみると多分当時と全く同じサイズだと思うが、驚くほど小さく見える。手でつまむのに骨が折れる。思い通りにプレートに置けず、すぐにビーズが倒れてしまう。彼女が自由自在に色や形をデザインしていたのに反して、色合わせや形づくりのアイデアも浮かばない。そして何より色々な色がごっちゃに入った缶の中から狙った色のビーズをつまみ出すことすら容易ではない(笑)

クチュリエの行方

 母のために準備した手芸セットはクチュリエのもの。自社企画商品を中心にカタログやウエブで商品を販売するフェリシモのハンドメイドキット専門の通販サイト。刺繍、編み物、ソーイングの材料とrecipeが毎月届く定期便サービス。数年前から書店に行くたびにカタログを何度か購入して母のために注文しようかどうしようかと逡巡していたもの。昨年みゆきが帰省した折にお勧めされて再考。でも母が要らないというので、一旦は注文せずにいた。母の心情は「いつまで元気で手芸ができるかわからないし、高齢になって物を増やすのは嫌だな」だったのだと推測する。その気持ち、分からなくはない。ただ、外出もなかなかできず、日がな何もすることなくダラダラと過ごす一日は、辛い。できるだけ物を増やさず、面白い毎日を過ごす工夫は最大限にしたいと思うが、無気力で過ごすことと、物を増やしてしまうことをはかりにかけると、断然、”無気力に過ごさない方”を選びたい。なので、ハンドメイドで作る作品は、せめて近親者の負担にならない程度で”日用品として使えるもの”、”とっておきたいと思えるほど美しいもの”が理想的。

 母に選んだのは刺子の小物とクラフトバンドの籠作り。これならば誰かに使ってもらえるはずだ。最初に届いたのは、刺子の方は、ピーチピンクの手のひらサイズの裏付きポーチ。タバコを吸う人なら煙草入れにできるかな。我家に喫煙者はいないので、目薬入れにできるかな。私の物か⁈クラフトバンドの方は小さなコースターと10㎝四方の小物入れ。これは母が施設で使えそうだ。思った通り、母の仕事は早い。あっという間にポーチの刺子部分を仕上げてしまった。そして、「ポーチの組み立てはアイロンが必要だからあなたに任せるわ」とのこと!!!イヤイヤ、母の生活を充実させるために注文したキットなのに…(泣)アイロンが必要な部分だけ持って帰って私がやって、あとは母に戻してやってもらおうとも思ったが、裏付きの小物は結構厄介だ。今回だけはどんなものかを確かめるために私がやってみようとやり始めた。きれいに仕上げるためにと、長く使っていなかったミシンを引っ張り出した。が、出だしから足踏み。ミシンの針に糸が通せない!!!メガネをかけても見えない。虫眼鏡を使っても通らない(泣)結局手縫い。大変だった。今後が思いやられる。次回はアイロンだけを引き受けて、母に戻すぞ!!!案外母ならあっという間に難なく仕上げるのかもしれない(笑)

 クラフトバンドの方は、コツコツ母が一人でやっている様子。1週間後に行ったら、もしかしたら既に完成しているかもしれない。いや、かもしれないじゃない。完成しているに違いない(笑)

母を楽しませるために手芸セット通販を始める

 鬱を患い毎日毎日泣いていた3年前の母は、今ではあれが本当に現実だったということが信じられないほど別人急に回復した。編物をやらせれば帽子やネックウオーマーのような小物はあっという間に作ってしまう。去年はハウツー本や手芸品店でもらうようなrecipeなどにも頼らず、自分のベストを作った。もしかしたら、この母ならベストではなくセーターでさえ作れるのではと思い、同じ毛糸を増量して渡したら、あっという間に自分の体格にピッタリなセーターを完成させた。一昨年同様、去年も刺子の布巾を大量に作った。そして読書量も減らない。私も本の虫だが、最近は目が疲れるので本をプロの俳優や声優さんに読んでもらえるオーディブルに鞍替え。専ら病院の待ち時間のお伴として愛用している。反して母の読書量は月に4~5冊を超えるペース。オーディブルではなくリアルの読書。手芸材料や本の差し入れを怠ると、ものすごく退屈そうに昼間からふて寝してたりするので、供給は怠れないが、こちらのネタも切れてきて、長いこと困っていた。

 昨夏みゆきが帰省した折に、手芸キットが定期的に届くという通販サイトを提案してくれたが、何故か母は却下。乗り気でないものを押し付けるのも気が進まず、それ以降は専ら施設長さんが母のために増やしてくれる蔵書に頼り切ってきた。しかし、母はますます健康になり、意欲も衰えない。なので、だらりとさせ続けるわけにもいかない。そこで、昨年みゆきに勧められた定期便の手芸キットを母に断りなしに注文してみることに。さっそく第一回の定期便が届いた。母に相談もせず私が独断で選んだのは、刺子の小物入れの6回コースとクラフトバンドで籠を編む6回コース。月に1作品分の材料しか届かないので、これでは全然足りないと思って今回は試しに2セットを注文した。これでも意欲満々の母には足りないかもしれないが、必要以上に物を増やさないようしたい。そして大事なのは作品は身近な人に差し上げて負担にならないような実用的で完成度の高いものが良い。そういう基準で選んだ。母が気に入るかどうかは定かではないが、3年前の入院中の作業療法のために作業療法士さんがチョイスしたクラフトバンドの籠作りはとても気に入っていたので、きっと楽しんでくれるだろうと思う。作業の手順は説明書が付くらしいので、日頃読書をしている母には難しくないに違いない。手作りの通販セット、母が気に入ってくれたら嬉しい。

年よりの写真問題

 デイケア施設が4月初めに企画した花見レクリエーションの時に撮った写真がアルバムになって各家庭に届いた。義母と私の母は同じデイケア施設に通っているので二人同じアルバムが届く。レクは春と秋の2回。母のアルバムは3冊目。義母は早くにデイケアを利用し始めたのでもっと多い。これを見るたびに嫌な気持ちになる私。

 母が花見を喜ばなかったとは思わない。日頃はなかなか出かけられない外出で楽しかったに違いない。ただ、アルバムは要らない。どんなお仲間がいるのか、アルバムを見ながら話はできる。話題にはなる。ただ、その後だ。母は2023年に鬱を発症し、一人暮らしができなくなったので、家を処分した。その時に処分した数限りない貴重な写真を思い出し、ものすごく切ない気持ちになる。知らない老人たちと写った年老いた母の写真を母が亡くなった後大事に取っておくかというと間違いいなく答えはノーだ。義母にとっても同じだと思う。アルバム代はレクの参加費に含まれていて、半日レクの参加費としては高価な¥12000。参加費が高いのは構わない。保険料も入っているのだろうし、デイケアが休みの土曜日に連れて行って下さるので人件費も高くなるだろう。保険料やスタッフさんの人件費に払うお金は惜しくない。ただ、いらないアルバムに払うお金が私は非常に嫌なのだ。この気持ちが日々募る。

 ただ、後で捨てれば済むだけのアルバム問題。これを施設側に問題提起すべきか、悶々と悩んでいる私。命にかかわる問題ではないし、もしかするとあのアルバムをありがたく思っている参加者がいないとも限らない。ただ、私の母には不要。義母にとっても、もらって来た後どこにしまったのか、いつのものなのか、誰が写っているのかもわからない、後で見返すこともないアルバム。このモヤモヤ、晴らすべきか、沈黙すべきか。アルバムではなく一枚の大きな写真、または本人だけが良い笑顔で花と一緒に写った写真ならば受け入れられるのにな。

家庭の味保存プロジェクト

  義母の得意料理の「サツマイモフライ」。サツマイモを細長く切って、それを小麦粉と牛乳、塩にからめて、かき揚げのように揚げたこの「イモフライ」、家族全員の大好物だった。義母が認知症になりたての頃、大なべにたっぷり入った油を足に浴び、大やけどをしたことをきっかけに、揚げ物はしないようにしようと、家族がその大鍋を見えないところにしまったので、それ以降義母は揚げ物をしていない。もう5年以上も前の話。でも、義母の「伝説の味を継承したい」とみゆきの弟のパートナーが言い出したので、あれ以降私も記憶を頼りに何度か試作してみている。家族の記憶も借りながら、サツマイモの細さや材料を確認して、できるだけ再現性を高めたつもりだが、なかなかうまくいかない。義母のイモフライの最大の美味しさの特徴は、食感。揚げたての時は勿論だが、時間が経ってもそのカリカリ感が消えない。見かけは随分近づいた感じがするが、どうもこのカリカリ感が出ない。揚げたてでもカリカリしない。

 そこでふと、義母が大やけどをした時のことを思い出した。大鍋にたくさんの油。これだ!!!我家のコンロは義母の家のコンロがガスコンロであるのに対して、IH。そこでコンロの差が出ているのかもしれないが、大きな鍋にたっぷりの油を使ってみることに。IH用の鍋は総じて重いので、大ぶりの鍋は使いづらい。なのであまり大きな鍋を持っていないが、小さなフライパンに日頃は入れない大量の油を入れて試してみる。まさにこれだ!!!今までにないくらい、カリッっと揚がった。父の日のプレゼントを持って来てくれたみゆきの弟夫妻からも「かなりバアバアのイモフライに近い」との評。

 そこで、義母にも認めてもらおうとおすそ分けを持って行った。どんなコメントがもらえるかワクワクドキドキしながら持って行くと「あら、懐かしい。イモフライね」と義母の顔がパッと華やいだ。「よく私の母が作ってたのよ」と義母。「お味はどうですか?お母様のお味に近づきましたか?」と聞いてみる。すると意外なお言葉。「私はイモフライは作ったことがないからわからない」だそうだ(驚)気を取り直し聞いてみる。「お母様のお母様が作っておられたイモフライの味には似てますか?」すると「昔々の話だから覚えてない」だそうだ。もっと早くに、母の味保存プロジェクトは始めるべきだった(泣)今度は、みゆきの弟が愛していた義母の「白和え」に挑戦してみよう。