高校生で起立性調節障害を発症した娘と家族のあゆみ

高校生で起立性調節障害を発症した娘と家族の記録

鍵の不便

 義父が膝の手術のために入院して10日あまり。その間義母は一人暮らし。「一人だと寂しい」とは言うけれど、朝はゆっくり起きて、好きな時間に食事をし、怒鳴りあいのない毎日はリラクシングで体調はすこぶる良さそうだ。気のせいか、記憶の方も調子良さそう。

 しかし、一人暮らしだと、鍵をかけたり開けたりという煩わしさが。義父がいる時には、出かける時も鍵をかけたりする煩わしさは皆無。でも週に2度デイケアに出かける時に鍵をかけて出かけなくてはならない。まず、鍵探し。それに時間がかかる。やっと見つけても車のキーと家の鍵がどちらなのか分からなくなる。車のキーはリモートキーなので形状は全く違うのだが、そもそも最近は車のキーは持っていさせすれば、車は開くので鍵穴に差し込むことをしないから、忘れてしまったのだろうか。

 車の運転はしないことにしたので、私たちが預かりましょうと夫には提案してみたが、義母を信頼していないようで嫌だったのか、夫は拒否。仕方なく以前の通り義母のキーホルダーには車のキーと家の鍵。で、どちらか分からなくなったようだ。記憶に不安を持つようになったら、できるだけシンプルが良いのだと思う。鍵をひとつだけつけて義母には渡すことにしよう。できることなら、バッグに括り付けてしまいたいが、出かける場所によって義母はバッグを変えるのだ。これもシンプル方式が使えるように、バッグを一本化できないものか。軽くて素敵なバッグを探しに行こう。

 

忘れにくいことは何だろう?

 認知症の人が忘れるのは、主に新しい記憶で古い記憶は残っていることが多いと聞く。新しいとは、どのくらい新しい記憶なのだろうか?確かに、庭木の剪定作業中にハサミをどこかに置き忘れて大騒ぎするハプニングはよくある。携帯電話を使って、どこへ置いたかわからないとか、ちょっとした洗濯をして洗濯機で脱水して、そのまま干し忘れてしまったりもよくある。

 しかし、コロナ禍になって、外出時にマスクを必ずしなくてはならなくなったのも、去年の初めから春頃だったと思うが、これも新しい習慣ではある。しかし一緒に出掛ける時に、義母がマスクをし忘れるということはまだない。マスクをし始めたのは、2年ほど前と新しいが、出かける時は毎回マスクをするので、この習慣はしっかり身についているということか。

 寒くなったので、今日義母の家の炬燵を出した。これは毎年、何十年もやっている作業のはずだが、炬燵布団がどれだったか、コードをどこに差し込むか、夏の間テーブルとして使っている炬燵本体の天板の外し方は、すっかり忘れているようだった。

 忘れてしまう記憶と、忘れない記憶の違いはどこにあるのか、とても興味深い。

認知症の方が苦手な物

 義母が認知症を発症してから嫌いになったものある。それは、チカチカ点滅するもの。まずは車のイモビライザー(車の盗難防止装置)。思い返すと、私の亡くなった父もそうだった。(父の場合は、すぐに車を処分したので、長くそれに煩さされることはなかったが)。義母から車を取り上げるのは、私にはできかねていて、夫が義母を買物に連れて行くときに義母の車を使っているので残っているし、わが家の車も義母の目に入ってしまっている。夕暮れが早くなると、どうしても車のチカチカが見えてしまうようで、それが気になってたまらないようだ。暗くなると、よく我家にやってきて、「車のエンジン、消し忘れてるよ!」だったり、「バッテリーがダメになったようだよ」と忠告に来てくれる。「あれは、車の泥棒除けだから、大丈夫ですよ」と言っても、一度では納得せず、一緒に行って「泥棒さんに、盗難除けしてある車だから盗難出来ないよ」って合図をしているんだと説明。その時は一旦納得するが、また数日すると気になるようだ。それの繰り返し。何とか煩わしさをなくす工夫をしなければ。

 それからガラ携帯の電話やメールの着信の点滅。点滅するたびに私のところへ持ってきて、「煩わしくてならない」と嘆く。「チカチカが煩わしいので、もう携帯電話はいらない!」とも。「チカチカは煩わしく申し訳ないけれど、すぐに私が消すから、携帯電話は何かあった時のために持っていてくださいね」となだめるが、チカチカを見ると、そこから意識を逸らすことがとても難しそうだ。

 昨夜は、「台所で何かチカチカしてヤダ!!」と駆け込んできた。台所の換気扇がお掃除時を知らせるアラームだった。アラームを消し、「明日一緒に掃除をしましょう」となだめたが、その後お湯を沸かしたら、今度は正常に動いている合図の点灯が始まり(これは日常ガスを使うときには必ず使用中に点灯している)今度はそれが気になって、気になって仕方ない。

 こうして、過敏に気になるものが溢れている日常は、どれだけ疲れることだろう。どんな工夫をしたら、過敏にならずにゆったりと生活できるだろう。今後の大きな課題になりそうだ。

起立性調節障害と睡眠障害

 コロナ禍で、睡眠障害を起こす子供たちが増えているというニュースがテレビで放送されていた。ひどい睡眠障害で入院治療を受けているという中学生が出ていた。ニュースを見ながら、そうか、睡眠障害外来という手があったのかと驚いた。起立性調節障害に苦しんでいた高校生の娘の治療をどうしようかと模索していた時期、起立性調節障害というキーワードだけで治療法を検索、模索し続けたが、いかに視野が狭まっていたかを思い知らされる思いだ。

 田舎だから起立性調節障害に明るい医師がいないと嘆いていたが、田舎でも睡眠障害外来や、摂食障害外来ならば容易に探せたのかもしれない。夏休みのような長い休みを利用して、睡眠障害を治療する診療科で入院治療を受けられたら、もっと早くに治療できていたのかもしれない。後悔先に立たずだが、今現在ODに悩んでいる方がいたら、睡眠障害外来を考えてもいいかもしれない。睡眠障害の子供たちが多いということは、きっと起立性調節障害に悩んでいるお子さんたちも増えているのではないかと心配でならない。

 

 

認知症は奥深い

 素晴らしい秋晴れを楽しみに、友人と植木市へ。友人とのたわいないおしゃべりも、空気の良い森の中の会場散歩も癒し。真っ先に、先日無くなったフィンガーライムの苗木を調達する。今回は、奮発してちゃんと主張のある大きな苗木。乗用車では少し運びにくいけれど、苗を倒して無理やり車に押し込んだ。車から出すのを義母に見られたら良くないと思い、そっと様子を伺い、近くにいないのを確かめながら…。と、どこからともなく義母が!!「あら、私がちょん切ったから?」

 ちょん切った事実は覚えているようだ。それだけではない。前に植えていたあたりに穴を掘ろうとしている。植えていた場所も覚えている。あわてて「明日、私が植えるので、大丈夫です」とやんわりお断りしたら、「じゃあ、穴だけ掘っておいてあげる」と義母。「私がちょん切らないように、今度の苗木は大きいね~」と義母。苗木の大きさも、しっかり覚えているようだ。

 どんな記憶が飛んでいき、どんな記憶が残るのだろう。不思議だ。

 

 今日の会話は、明日まで覚えているのだろうか。義母を傷つけず、苗木をどこか義母の気づかないところへ植えたいけれど…いやせっかく穴を掘ってくれたので、そこに植えるべき?それとも、大きな鉢植えにして、むしろ義母のいつも目に付くところへ置くべきだろうか…

ミステリー

 認知症を発症した義母、診断結果に家族は(多分本人も)少なからず動揺したが、今までに流れて来た長い時間が突然激変するはずは当然ない。いつものように義母は、朝昼晩台所に立ち、難聴の義父と大声で怒鳴りあったり喧嘩したりしながら、午後になると大好きな花々の水やりをする。今までのように好きな時に車で買物に出かけることはできないけれど、できるだけ不自由しないように声をかけて、私とスーパーに行ったり、時には私の夫と出かけたり。当初、”これからは歩いて食料品も置いている近くのドラッグストアに買物に行く”と宣言したが、それはまだ果たせていない。でも、これで良いのかもしれない。無理なく、ゆっくり、より快適な生活スタイルを探っていけば良いのだと思う。

 時には、ビックリするハプニングもあることも、心得ておいた方が良いのかもしれない。私が大事にしていた、フィンガーライムの苗木が、突然消えたのだ。柑橘の大好きな私、まだ市場にはあまり出回らないフィンガーライム。去年の植木市でたまたま見かけて購入した。幸い一年間枯れずに、少し丈も伸びて、収穫できるのはいつだろうかと楽しみにしていた。義母も興味津々で、花の水やりのルーティーンに加えてくれていた。それが、昨日突然消えた。跡形もなく。「ここにあった木がなくなった」と母が言うので見に行ったら、本当に何もない。根を掘り返した跡もない。「あなたがどこかに植え替えたの?」と義母。当然私ではない。勿論、夫でも、義父でもないはずだ。仕方がないので、「貴重な種類の柑橘だったから、泥棒さんに盗られたのかも」と言っておいた。

 その日の夕方のこと。「あの木、私が切ったかも」と義母。草取りをしていて、草を取るのに邪魔だったからだそうだ。なるほど。確かにフィンガーライムには棘があって、邪魔になったに違いない。

 「貴重な種類の柑橘」と言ってしまったことを後悔した。しかし、そこはうまい具合に抜け落ちてくれたようだ。「嫁にお金を取られた」「嫁がご飯を食べさせてくれない」と言わないことに感謝しようと思う。折しも恒例の植木市の季節。新しい苗を買って、今度は人目につかないところに、こっそり植えるとしよう。

まだまだ大丈夫!

 義父の病院受診の予定があったので、何時に出かけるか確認しようと義父母の家の勝手口から二人を訪ねると、素晴らしいタイミング!認知症を診断されてからずっと気になっていた義母のお料理のこと。お料理はやっている様子だけれど、どんなものを食べているのかがとても気になっていた。気にはなるが、わざわざ確かめに行くのは失礼な気がするし、怖くもあった。しかし、今日は絶好のタイミングに出くわした。扉を開けるなり、お味噌汁のいい香り。思わず、”本当においしそうなので、一口下さい!”と言ってしまった。

 あたたかく、香り高く、美味。お野菜は何だろう、菜っ葉が入っていた。心に染みるおいしさ。ほっとした。”とってもおいしい”と言ったら、”おだしはイリコよ!夜のうちからイリコを水につけて用意するのよ”と義母。この感動は何だろう。心から嬉しい。

 年を重ねて認知症になるのは、何の不思議もなく、誰がなってもおかしくない。ごく普通のことだと受け止めたかった。そして、できるだけ大騒ぎせず、淡々と不自由なことに逐次対処しようと努めていきたいと思ってきた。しかし、知らず知らずのうちに、義母の認知症発症は、私の中で重大事件になってしまっていたようだ。

 

 肩の力を抜こう。日々のごく普通の小さな幸せを数えよう。