高校生で起立性調節障害を発症した娘と家族のあゆみ

高校生で起立性調節障害を発症した娘と家族の記録

起立性調節障害の娘の癒し

 今日は久しぶりの雨。雨を見ながら思い出したことがある。みゆきの高校時代のこと。根本的に彼女の学校へ行くモティベーションは、吹奏楽部の部活に参加することだった。欠席が多いので、授業は難解でしんどかったに違いない。そんな彼女にも、学校へ行っている間の癒しはあったのではないかと、ふと思った。それは、花壇の手入れ。そもそも幼少のころから植物が大好き。散歩の度に、野花を摘んで、花束を作った。それだけではない。幼少の頃の愛読書は、絵本というより、種苗会社のカタログだった。色鮮やかな花々や果物の写真が満載されているそのカタログを文字どおり、ボロボロになるまで飽きずに眺めた。そのカタログを使って、花屋さんごっこ果物屋さんごっこにも、よく付き合わされた。根っからの花好きの彼女、高校時代は、立候補して、1年生の頃から卒業するまで美化部にいたらしい。美化部というのは、花壇の管理をする係。植物の苗を買ってきて、定植し世話をする。欠席の多い彼女、担任に親ともども呼び出されて説教をされるとき、よく言われた言葉が、「雨の日にも傘をさして、花壇の水やりをしてますよ(笑)それだけの情熱を勉強に向けたらいいのにねぇ」

 今思うと、具合が悪くて学校に通うのが苦痛だった頃、花の世話をしているときが癒しの時間だったのかもしれない。高校時代に趣味で撮りためた写真の中に、花壇の写真をみつけた。これがもしかすると、今のカメラマンの仕事につながっているのかもしれない。

 花の水やりは、義母の癒しでもある。いろんなことが少しずつできなくなっている今、花の水やりは、きっと義母の自信を回復させたり、不安を和らげたりする大切な時間になっているのだ。雨の降る日に水やりをしている義母を見て、少し寂しく感じていた私だが、間違っていたかもしれない。みゆきが雨の日にも傘をさして水やりをしていた気持ちと、同じなのかも。自分自身に癒しの水をあげているんだ…

 

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