高校生で起立性調節障害を発症した娘と家族のあゆみ

高校生で起立性調節障害を発症した娘と家族の記録

高齢でも楽しめる趣味って何だろう

 認知症の義母が、生きがいを失っているようだと指摘した義父の言葉は衝撃だった。早速、義母の好きな編物の材料を差し入れようと手芸店で毛糸を選びながら、ふと、義父の方の生きがいって何だろうかと考えた。義母の楽しいと思えるものは私もすぐ「編物」「ガーデニング」「カラオケで歌うこと」と思い当たるのだが、義父が楽しいと思えるものって何だろう。足が不自由になるまでは、よく家庭菜園で野菜を作った義父。4年前までは、痛い足を引きずりながら、自給分のお米も作っていた。それが、膝の人工関節への置換手術以来田んぼも手放し、畑仕事も全くしなくなった。一月前に事故に遭うまでは、日に2回の散歩が、義父の唯一の楽しみだったのではないか。それが骨折のせいで散歩もできない日々。さぞかし滅入ってしまうことだろう。おまけに連れ合いが、認知症でいつもイライラしている。

 義父の方にこそ楽しみを探してあげなくてはいけないのではないか。高齢の男性の「生きがい」「楽しみ」を見つけるのはとても難しいと感じる。私の父も認知症を発症するまでは勤勉で、読書の虫だった。家庭菜園の仕事も大好きだったし、母とドライブするのも好きだった。しかし認知症を発症してからは、読書もしなくなったし、庭仕事もできなくなった。もちろんドライブはできない。窓辺に日がな一日寝転んで、外の景色をぼーっと見ているだけの生活だった。ただ、自然が大好きな父だったので、田舎の移り行く四季折々の庭を日がな眺めているのは、確かに幸せな時間ではあったかもしれないし、病気になってからの父は、食事を「おいしい、おいしい、こんな美味しいものは初めて食べたね」といちいち喜んだので、食事も父に喜びを与えていたのかもしれない。ドライブもしかり。私が父を病院へ連れて行く道すがらのドライブは、四季折々の花が美しいととても喜んだ。

 一方、義父の方は、一日ソファーに座って(あるいは寝転んで)窓の外を眺めている様子はない。大きな窓の外には、父の住んでいた田舎の景色ほどではないが、移ろいゆく四季があるのにもかかわらず、自然をエンジョイしている様子はない。いつもテレビをつけて、画面を眺めて過ごしている。難聴なのでテレビの音は聞きづらいらしく、よく韓国ドラマがついているのは、字幕がでるからなのだろうか。ドラマを楽しんでいるかどうかはよくわからない。食事も、義母のお料理の味が変わってしまっていると指摘するくらいだから、楽しめていないのかもしれない。病院へ行く道すがらも、自然を楽しんでいる様子は見られない。

 ふと、自分が高齢になったら何を楽しみにして生きられるだろうかと自問する。読書も、刺子や編物など手仕事も大好きだが、目の悪い私が高齢になって、できる趣味ではなさそうな気がする。音楽を聴くのは好きだが、それが生きがいになるかどうかは疑問だ。夫はどうだろう?年を取ったら、彼はどうやって一日を過ごすのだろう?

 義父が楽しめる何かを探しながら、自分や夫が年を取ってからの、生きがいについて、じっくり考えてみたい。