高校生で起立性調節障害を発症した娘と家族のあゆみ

高校生で起立性調節障害を発症した娘と家族の記録

退院の日がやってきた

 老人ホームが見つかって入居までの期間がとても短かったので、準備が大変だった。この時期息子の結婚準備やら、母の住んでいた家が売れそうになったりであらゆる雑事に追いまくられる日々。母の入居先は住宅型有料老人ホームというところ。規模もとても小さいので、設備面も充実していない。お部屋に揃っているのは、トイレと洗面台と介護用ベッドがあるだけ。収納は全くないし、食事もコロナ禍以来、それぞれの居室でしているということなので、食事用のテーブルとイスも必要だろう。小さな箪笥も要るし、共同の冷蔵庫もないので、水分補給のための水やおやつを入れるちょっとした冷蔵庫も要るだろうし、長い一日をしのぐためのテレビも要りそうだ。しかし先ずは入居の日から、すぐに必要な食卓と椅子、着替え、洗面用具のようなとりあえずの品だけを退院の朝までかかってバタバタと買い集める。

 半年近くもお世話になった病院だったが、退院は実に淡白で事務的で短時間で済んだ。高齢者の精神科病棟という病院の性質上か、私物もほぼなかったのでその点も身軽な退院。退院があまりにもスムーズだったせいかどうか定かではないが、あれだけ病院を出たい出たいと繰り返していたのに、新しい入居先に向かう車の中で、母がごね始めた。「退院するのが早すぎたみたいだよ。また具合悪くなってきた」

 退院できたから、楽しいことをいっぱいしようと母の気分を盛り上げようとしていた矢先のこと。こうなったら、どんなに気分を切り替えようとしてもうまくいかないことは経験でわかる。「そうだね、入院が長かったから外に出るのは不安だよね。でもホーム入居の予約もあるし、病院には、今まで入院を待っていた患者さんがすぐに入ってしまうから、先ずは1週間だけでもお試し入居をしてみようよ。」と諭して、入居へ。

  明るい色のベッドリネンで気分を上げてくれるといいと願いながら、入居手続き。書類を交わし契約をしている最中にも、母はずっとお客さんの体。「誰の入居ですか」と突っ込みを入れたくなるくらい。「喉がかわいて、気分が悪い。何か飲まなきゃ死んでしまう。」とわがままを言う母。部屋に落ち着いてからも不安げな母に、「これからは秋バラを見に行ったり、美味しいものを食べに行ったり自由にできるのよ。最初はどこに行きましょうか」と機嫌取りを試みるが、一向に乗ってこない。施設の食事が始まるころに、そっと退散したが、食事が終わったらすぐに母の携帯電話から電話がかかってきた。「長い夜をどう過ごしたらいいのさ」と恨みがましいことを言う母。どんなときにも優しく、自分のことはさておいて他人のことばかりを心に賭ける本来の母はもういない。

 でも、朗報が一つ。長い入院の間禁止されていた携帯電話を与えたら、普通に使えた!携帯電話の使い方を忘れていなかったのは嬉しい。ただ、携帯に入っている番号に夜中迷惑電話を掛けないか…それは少し気にかかる。入院中電話の携帯が許されていなかったのは、きっとそういう恐れがあったからだろうと、今頃思い当たった。